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さいたま市北区プラザノースで開催中。初心者が安心して通えるサックス教室。
バップライフサックス教室 代表・テナーサックス奏者の髙橋浩明です。
ブログの公開日が「七夕」と重なりました。はてさて?どんな内容にするか?実はかなーーり思案していました。ですが、何故だか最近よく耳にする特定のアーティストの音源!?それが今回のブログにもしかして!ぴったり!?かも?
結成から実に約半世。1978年7月10日に初レコーディングを開始し、今や伝説のバンドとなった「イエローマジックオーケストラ(YMO)」を今回は取り上げたいと思います。
1980年初頭、突如として登場した「テクノポップ」
当時中学生であった髙橋浩明少年は中学校の校舎にある、視聴覚教室で「YMO」を初めて耳にする。
物理の藤原先生は週に一回組まれている所謂「特活(特別活動)」の♪シンンセサイザー♪という講座を開講されていて、当時の最先端の音楽をシンセサイザーを通じて学校の授業の中で(音楽の授業以外に!!)紹介していました。
今から思えば、何とも魅力的な授業が当時、選択できたものだと思います。
居ても立っても居られない心境で近所のレコード店(新星堂だったなあ)に飛び込んで買ったのが
YMO初のLive アルバム『パブリック・プレッシャー/公的抑圧』 このアルバムはかなり!聞きまくりました。
シンプルな編成から聴こえる生のグルーブには何かを訴える魂の宿りを感じとりました。
2ndオリジナルアルバム、「ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー」ではなく↑のアルバムから入ったことは幸運だったかもしれません。
この頃の日常は頭の中が常に「ピコピコ」していて、何だか、世の中全体も陽気であった印象です。
そうそうテクノカットも流行りました!!
当時のメンバーの内、リーダーの細野晴臣さんは現在でも活動されています。https://hosonoharuomi.jp/news
よく知られた話ですが細野さんのおじいさまはあの!!タイタニック号に乗船していて奇跡的に助かった乗客の一人なんです。
「世界の坂本」と称され、「教授」とも呼ばれ、晩年の2023年3月上旬に明治神宮外苑地区の再開発の見直しを求める手紙で一石を投じた「坂本龍一」氏は間も無く他界。
その2月前にはドラマーの高橋幸宏氏もなくなっています。
私はYMOは本邦が世界に誇るカルチャーであったことは勿論、日本発信の新しい「ピアノTRIO」の形であったと感じています。
ビル・エバンスやオスカー・ピーターソンがYMOをリアルタイムで聞いていたら?どんなリアクションを起こしていたでしょうか?